群馬大学・秋田大学連携グローバルCOEプログラム、生体調節シグナルの統合的研究


メンバー紹介

山下 孝之 氏名 山下 孝之 YAMASHITA TAKAYUKI
所属 群馬大学生体調節研究所・教授
E-mail E-mail
ラボURL http://imcr.showa.gunma-u.ac.jp/lab/genetics/index.html

研究テーマ

Hsp90による複製ストレス応答制御機構の解明


細胞の複製ストレス応答と臓器の機能低下・発がん
ゲノム複製は細胞増殖における中心的なプロセスであるが、テンプレート上に生ずる様々なDNA損傷やdNTPプールの減少などの要因によって阻害を受ける。これらの「複製ストレス」に対して、細胞は、 細胞周期チェックポイント、相同組換えなどによるDNA修復と複製の再開、損傷乗り越えDNA合成などの仕組みを連携させて、正確かつ迅速なゲノムの複製を遂行しようとする(図1)。このような「複製ストレス応答」がうまく行かないと、細胞の老化(不可逆的な増殖停止)や細胞死、あるいは変異の発生が亢進する。特に各臓器における体性幹細胞の細胞老化・死の亢進は臓器の機能低下を引き起こし、変異の亢進は発がんの原因となる。

複製ストレスに対する細胞応答

図1 複製ストレスに対する細胞応答
ゲノム複製において、テンプレート上の様々なDNA損傷やdNTPプールの減少などは、複製を阻害する「複製ストレス」となる。これに対する細胞応答の腫瘍機構として、ATR-Chk1キナーゼカスケードによる細胞周期チェックポイント、FA/BRCA経路(後述および図2を参照)による相同組換えDNA修復、複製の再開、PCNAのモノユビキチン化によって動員されるYファミリー・ポリメラーゼを介する損傷乗り越えDNA合成などが重要な役割を果たす。

Hsp90は細胞の増殖・生存を多面的に制御する
分子シャペロンHsp90は、キナーゼ、転写因子、ホルモン受容体など、細胞調節に重要な働きをする種々の蛋白のfoldingの促進を介して、これらの蛋白相互作用、細胞内運搬、分解、機能を制御し、細胞の増殖・生存の制御において多面的な役割を果たしている。特に、がん細胞においてはHsp90の発現亢進が見られ、その程度はがんの悪性度と相関する。また、Hsp90阻害剤は新しいタイプの抗がん剤として期待され、放射線や従来の抗がん剤の効果を増強する効果が注目されている。この薬理作用を解明する過程で、Hsp90の複製ストレス応答における役割が明らかになりつつある。

Hsp90による複製ストレス応答の新しい制御機構の解明
Fanconi貧血は造血幹細胞の早期老化と腫瘍化、固形がんの合併、ゲノム不安定性を特徴とする先天性疾患であり、これまでに13個の原因遺伝子が同定されている。その産物であるFA蛋白群は家族性乳がん(BRCA)蛋白群とともに、細胞周期制御やDNA修復を介して複製ストレス応答に関与するFA/BRCA分子経路を形成する。私たちは、Hsp90がFA蛋白のひとつであるFANCAの細胞内動態の制御を介して本経路の機能を促進しており、Hsp90の阻害がゲノム不安定性を亢進することを見出した(図2)。また、ごく最近、損傷乗り越えDNA合成に関与するY-family DNAポリメラーゼの制御にもHsp90が関与するとの知見を得ている。私たちは、このような機構を解明し、複製ストレス応答不全による臓器疾患やがんの病態の解明と、予防・治療法の開発を目指している。


Hsp90によるFA/BRCA分子経路の制御

図2 Hsp90によるFA/BRCA分子経路の制御
FA経路は細胞周期制御や相同組換え修復を制御して、複製ストレス応答において重要な役割を果たしている。FA経路の機能には、核内FANCAの形成するFAコア複合体に依存したモノユビキチン化とDNA損傷感受性キナーゼATRを介するリン酸化によって、FANCD2(D2)とFANCI(I)が活性化を受けることが必須である。活性型D2/Iは家族性乳がん遺伝子産物BRCA1, 2やその結合蛋白と相互作用して機能を発揮する。Hsp90は細胞質におけるFANCAの安定化と核移行を促進し、これを阻害するとFANCAのプロテアソームによる分解と核移行が阻害され、FA/BRCA経路が抑制される。